まだ見ぬ山頂の絶景を求めて
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私が登山記録を書き始めたのが96年12月からのことです。それまでは記録もつけずに山を登っていました。記録を付けるきっかけが昔、小倉にあった登山用 品店「キャンプ2」の店員さんからのアドバイスでした。私は仕事柄、ただ山に入るだけじゃなく、何か山をきれいにする社会貢献ができないかと思っていまし た。それは私の性格が飽きっぽいことを自分が知っている事もあったからです。単に山に入るだけでは先が見えているので長続きする方策として何かの役に立つ ことをすればいいのではと思っていました。その社会貢献の具体策はすぐにやってきました。キャンプ2の店員さんから福岡県の環境保全委員が一名募集になっ ているので推薦してあげるというのです。渡りに船とはこのことです。二つ返事でお願いしました。色んな書類や審査を受け、福岡県の保全活動への道が開けま した。このことが座数を増やす大きな要因になりました。それまではどちらかといえば県最高峰や百名山の登山に精を出していたために年間の登山数は50座前 後でしたが、福岡県の登山となると一気に座数が増えて130座平均で登るようになりました。それがきっかけとなり、福岡県から環境省への推薦があり審査や 面談の結果当時1名枠を射止めたのでした。福岡県という鳥かごに入れられていた私は一気に全国区へ飛び出しました。環境大臣からの委嘱状が届き、気分は高 揚し燃えていました。専任の管轄を久住か阿蘇にしようかと思いましたが、自分が一番知っている平尾台がある北九州国定公園にしました。その頃の平尾台は、 不法投棄や不法侵入、落書き、盗掘などヤリ放題でした。苦悩の末報道を利用して「平尾台のなみだ」を発表し問題を告発。一方「石灰岩の動物たち」を発表し 親しみやすい平尾台をアピールしました。最近では「落書き樸滅コンサート」を洞窟内で行いました。1500座は通過点です。今後も皆さんと共に座数と思い 出を重ねていこうと思っておりますので、2000座・3000座と日本の山を一緒に楽しみましょう。今回はお祝いをありがとうございました。感謝